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今治・玉川町の道端に「謹賀新年」の札 101歳の「花の守り人」が立てる

新年を迎えた今治市玉川町の道端に、手作りの「謹賀新年」の札がぽつん。

新年を迎えた今治市玉川町の道端に、手作りの「謹賀新年」の札がぽつん。

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 新年を迎えた今治市玉川町の道端に、手作りの「謹賀新年」の札が立てられている。通りがかる人の目を留めるこの札の持ち主は、同町摺木に住む101歳の品部政夫さんだ。

今治・玉川町に住む101歳の「花の守り人」

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 札は、品部さんがかつて立ち上げたボランティア団体「市民の水を守る会」で花壇整備に取り組んでいた際に使っていたもの。活動の整理を進める中で、自宅近くの道端に置いていたプランターに添える形で立てかけたのだという。

 品部さんは長年にわたって玉川総合公園内の「万葉の森」の管理や花壇整備を手がけるなど、地域の環境づくりを支えてきたことから、住民の間では「花の守り人」として親しまれている。郵便局員として長年勤め上げた後、地域づくり研究会「源流」の活動に参加。増えすぎた竹林を地域資源として生かそうと炭窯を手作りし、竹炭や竹酢液作りに取り組んだ。さらに、ボランティア団体「花の里玉川」や「市民の水を守る会」を立ち上げ、水ヶ峠トンネル周辺や同町與和木地区で清掃活動や花壇整備を続けてきた。

 しかし近年は、メンバーの高齢化や脱退が相次ぎ、活動の継続が難しくなりつつある。行政にも相談したものの十分な支援は得られず、2021年には10年近く手がけてきた與和木地区の「花の里」を手放す決断をした。「近くの小学生や老人連れの家族など、いろいろな人が足を運んでくれた場所だった。残念だった」。そう語る品部さんの表情には無念さがにじむ。その後もメンバーそれぞれが自宅近くの土地に花を植えるなど工夫を重ねてきたが、熱意が途切れてしまった場所も少なくないという。

 ここまで地域に尽くしてきた理由を尋ねると、「運命というものがある」と品部さん。

 同町鈍川の奈良之木に生まれ、1945(昭和20)年、20歳で徴兵検査を受け陸軍部隊に入隊した。両親や鈍川部落の人々に見送られた光景は、今も鮮明に残っているという。終戦間際の旧満州へ配属。戦況の悪かった南方へ派遣される仲間たちを見送りながら、「次は自分か」と思う日々が続いた。やがて自身も釜山まで移動したものの輸送船がなく、済州島の守備についたまま終戦を迎えた。

 復員は同年11月11日。尾道から連絡船に乗ったが、その一便前に出港した復員船が、今治市伯方町沖で沈没した「第十東予丸」だった。ふるさとを目前にしながら命を落とした仲間たち。「たった一便違いで助かった。たくさんの人が犠牲になった。自分は生かされた」。その思いが、品部さんの人生観の根底にある。

 昨年100歳を迎えた後も、品部さんの一日は変わらない。與和木の花壇は役目を終えたが、自宅近くの橋の上の花壇には、「明日枯れる花にも水をやる心」という立て札と、手入れの行き届いた草花が育つ。墓じまいが進む地域の現状を憂いながら、「このままではこの地域から、墓まで消えてしまうのでは」と、静かな危機感を抱く。「できることがあるなら、今、手を打ちたい」。

 101歳の「花の守り人」は、今日も自分にできる役割を黙々と果たし続けている。

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