
今治市通町にある、1945(昭和20)年の今治空襲で戦禍を免れた興業舎第一工場跡の壁が、まもなく解体される。
この壁は、1886(明治19)年に創業し、今治のタオル産業の礎を築いた「興業舎」が1909(明治42)年に建設した旧第一工場の外壁の一部。高さ8.3メートル、幅22.2メートルの壮大なレンガ造りは、当時の近代的な工場の面影を今に伝えていた。
しかし、1945年の今治空襲で工場は焼失。市街地の大部分が焦土と化す中、この壁だけが奇跡的に残り、戦後から今日まで立ち続けてきた。
壁がなくなることを受け、今治市文化振興課では壁の姿をデジタルアーカイブとして保存する方針。同課の青野竜也課長は「戦禍を生き残った貴重な壁には文化的な価値があると考えている。鮮明なデジタル記録として残し、後世に伝えていきたい」と話す。
今回の解体決定に、幼い頃から壁の存在を知り、まち歩きイベントなどでその歴史を発信してきた小池公一さんは、惜別の念を語った。「明治時代から続く今治の繊維業の歴史を物語る壁。今治城の大手通りに位置し、二之堀の跡地という立地も、その歴史的価値を一層高めている」と、その歴史的価値を強調する。「デジタルアーカイブに残して未来に繋げていただけるのは救い。いつかデジタルアーカイブを観た人が現場を訪れ、姿を想像していただきたい」とも。
歴史の証人として立ち続けてきた「奇跡の壁」。その実物は失われるが、デジタルデータと市民の記憶の中で、今治の歴史を語り継いでいく。