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【#今治を耕す人】井上果樹園が10年かけて育てた柑橘と“チーム”

「工業をやりたい」「商業をやりたい」とは言いませんが、「農業をやりたい」という言葉はよく耳にします。それは、農業が単なる職業ではなく、暮らし方や生き方そのものに関わる行為だからかもしれません。かつて、食べものを育て、生み出すことは日常の当たり前でした。しかし、近代化や高齢化の影響で、今治の山あいに広がる里の風景も、少しずつ変わろうとしています。
こうした状況のなかで、今治では農業との向き合い方をあらためて考えようとする動きも生まれています。2024年3月には、市が「オーガニックビレッジ宣言」を行い、受け継がれてきた豊かな土壌を次の世代につないでいこうとする取り組みが始まりました。農業をめぐる選択肢や関わり方も、少しずつ変わりつつあります。
本連載 「#今治を耕す人」 では、地域の風景を守りながら、一次産業に関わる人々にスポットを当て、田んぼや里山といった身近な風景を支える日常や苦労、喜びを追いかけます。
今回訪ねたのは、今治市大西町の山あいにある井上果樹園。そこには、異なる背景を持ちながら、共に柑橘づくりに挑む新規就農者たちの姿がありました。

目次   

「外の人」に頼る以外、道はない                      

冬から春にかけて、今治市大西町山之内の斜面は、たわわに実った柑橘で鮮やかなオレンジ色に染め上がる。この、どこか懐かしく美しい風景の中に、少し異色の存在感を放つ果樹園がある。有機栽培の柑橘を手がける「井上果樹園」だ。

園主の井上守さんは大洲市の出身。会社員から転身し、妻の実家があるこの地区に移り住んで独立就農。柑橘栽培を始めてから約15年になる。

「食べる人が元気になれる果物をつくりたい。自然本来の味がして、安心して皮まで食べられるものを届けたい」。

その一念で、農薬に頼らない有機JAS認証の温州ミカンやキウイを育ててきた。

そんな井上さんが見据えているのは、自分の園地だけではない。地域全体の農業の未来だ。
「農業界は今、正直言って切羽詰まっとる。このままやと山の畑はどんどん放棄されてしまう」
周囲を見渡すと、親世代の農家は次々と引退。後継者のいない畑は、わずか数年で雑草に飲み込まれ、やがて荒れ果てた「耕作放棄地」へと姿を変える。今、この地区に広がる豊かな柑橘畑は、皮肉にもその“予備軍”であふれかえっているのだ。

就農して5年がたち、日々の作業が手につき始めた頃。井上さんの目の前には、対照的な二つの道があったという。

一つは、自分一人の手が届く範囲だけで、ひっそりと、かつ堅実に農業を続ける道。一つは、あえてリスクを負ってでも仲間を募り、地域全体の存続を賭ける道。

「普通は自分の畑だけ守れればいいと考える。でも、それでは地域は続かない。周囲が荒れれば、自分の畑だって守れなくなるんです」

迷わず後者を選んだ井上さん。 

「自分らがこの先も農業を続けていくために、この景色を次世代に残すために。もう、外から仲間を呼び込む以外、道はないと思ったんです」

農業の担い手を増やすための「覚悟」                 

とはいえ、その道のりは簡単ではない。農業は単に種をまき、収穫するだけの仕事ではないからだ。
その地域に根を張り、拠点を築くためには、住む場所や農地の確保、そして何より地域との関係づくりが欠かせない。地域の信頼を得て、初めてスタートラインに立つことができる。

「いきなり農家さんに『農業やりたいです、土地貸してください』って言っても、どこの誰か分からん人には貸してくれんでしょう」

国内では圧倒的に少数派である有機農業を実践し、販路も技術も一人で切り拓く難しさを誰よりも痛感してきた。だからこそ、後に続く挑戦者が孤立して行き詰まらないための「受け皿」が不可欠だと考えていた。その仕組みを整えるため、井上さんは10年という歳月を費やした。

新規就農者がスムーズに営農を開始できる園地の確保や、生活の拠点となる住環境の整備。さらには、「小ロットでも自分たちで果実を加工できる場所があれば、もっと柔軟に農業ができる」と、収穫した果実を余さず現金化するための「出口」として自前で加工所を設立。安定的に農業を継続するためのインフラを着実に積み上げてきた。

そして2025年春、インターネットの募集を通じて4人の新規就農者が山之内に集まった。

「1人ずつ来るんかなと思っていたら、一気に4人ですからね。正直、想定外の展開でしたよ」

井上さんはそう言って笑う。積み上げてきた「仕組み」が、ようやく動き出した瞬間だった。

元会社員、元看護師、元フリーター――それぞれの道から農業へ                        

集まったメンバーの経歴は実に多彩だ。

今治出身の長野さんは、長年勤めた会社を辞め、40代後半で農業の世界へ転身。 

「以前は営業職で、農業とは無縁の世界。でも、心のどこかでずっと興味はあったんです。地元・今治に受け皿があるのを知り、ここならやれるかもしれないと。補助金の年齢制限もあり、飛び込むなら今しかないというタイミングでした」

京都府出身で元看護師の高野さんは、コロナ以前から全国各地を巡り、理想の拠点を手探りで探してきた。

「自給自足的な暮らしをイメージして各地を見て回りましたが、どこも自分には何かが足りないと感じていたんです。そんな時に偶然見つけたのが、井上果樹園の募集。柑橘栽培は選択肢にすら入っていませんでしたが、直感的に『面白そうだ』と。自分の育てた果実を、大切な人に届けているイメージがスッと浮かんだんです」

徳島出身の山田さんは、これまでフリーター生活を送ってきたが、家庭菜園をきっかけに植物を育てる楽しさを知った。

「何か地に足のついた技術を身につけたくて、農業を仕事にしようと考えました。柑橘は、一度植えれば長く寄り添える『永年作物』。技術習得は大変ですが、野菜と比べて管理のしやすさに、自分なりのリズムを見出しています」

「作る」だけでは食べていけない。生き残るための“自立”                   

経歴も年齢も違うが、共通しているのは「農業で生きていきたい」という思いだ。しかし、現実は甘くない。ただ果物を作るだけでは、生活は成り立たないからだ。 

「農家になること自体は簡単なんです。でも、難しいのはそれをどうお金に変えて生活を維持するか。そこに対する支援は、実はほとんどありません」と井上さんは言う。

だからこそ、井上果樹園の研修は、単なる農作業の指導には留まらない。最大の特徴は、「個人事業主として自立する」ための徹底した実践にある。特に有機農業の場合は、自ら販売先を開拓し、ファンを作るところまでが仕事。行政の支援が終わった後、自分の足で立ち続けるための「生存戦略」を叩き込む。

実際に現場に入ってみて、3人はその仕事の幅広さに驚いたという。

「農家って、もっと黙々と土に向き合うイメージでした」 

長野さんはそう振り返る。しかし、現実は違った。そのすべてを自分たちの手で行う。時には、東京や埼玉など、都市圏の店舗へ直接「飛び込み営業」に赴くこともある。

高野さんは、当初この手法に戸惑いを感じたという。

「今の時代に、アポなしで飛び込むなんて古すぎない?って思ったんです(笑)。ネットでスマートにやり取りするのが今風かな、と。でも、実際に行ってみると全然違いました。個人でこだわって経営しているお店では『ちょうどこういうレモンを探してたんです!』と喜んでもらえたりして。そこから定期的なお取引に繋がったときは、本当に驚きました」

顔を合わせ、声を掛け合い、関係を築く。デジタル全盛の時代だからこそ、足を運んで繋がった縁は強い。 

「ネット上の顔の見えない関係じゃなく、店長さんと直接お話しして、想いを伝えて販路を広げていく。この『足で稼ぐ』学びは、自分にとって大きな財産になりました」と高野さんは目を輝かせる。

そうして苦労して届けた先から、「子どもがこのみかんしか食べないんです」という声が届く。その一言が、何よりもかえがたい喜びだという。

地域をともに支えるコミュニティの形を探して                   

現在、長野さんと山田さんは1年間の研修を終え、それぞれ「長野農園」「山田農園」として独立した歩みを始めている。ネット販売やマルシェへの出店などを通して、自身のブランドを少しずつ地域に浸透させている最中だ。

「正直、すべてが計画通りにいっているわけではないです」と長野さんは苦笑いする。「でも、後退はしていない。ゆっくりでも、確実に前に進んでいる実感があります」

彼らの独立は、単なる「巣立ち」ではない。それぞれが経営主として立ちながらも、一部の園地を共同で管理したり、役割を分担したり、設備を共有したり。この、ゆるやかな「チーム」としての関係性こそが、井上さんが10年をかけて準備してきた生産者コミュニティ「優樹の里」の形だ。

「一人の力には限界がある。でも、仲間がいれば相乗効果が生まれる」

独立後、初のシーズンとなる次の秋冬を見据えて、井上さんが提示した仕組みは極めて現実的だ。
「彼らが育てた果実の半分は、うち(井上果樹園)が適正価格で買い取る選択肢を持つ。そうすれば、彼らは販路の心配を半分減らして栽培に集中できるし、うちは販売計画に必要な量を確保できる。残りの半分は、彼らが自分で付加価値をつけて自由に売ればいい。もし、どうしても形が悪くて売れないものが出れば、うちの加工所でジュースにすればいい」

農業において、生産から販売までの全行程を一人で完結させるには膨大な時間がかかる。到達できないことだってあるかもしれない。だからこそ、グループとして足りない部分を補い合い、「全量を自力で売り切る」という重圧を、チームの機能として分散させる。

「販売が得意な者が、仲間の分まで売ってあげてもいい。逆に、栽培に専念したい者を販売担当が支えてもいい。グループで動くことは、お互いのマイナスを埋め、プラスを最大化すること。結局、農業は一人ではできない。地域と、そして仲間と密着しない限り、立ち行かなくなるのが現実ですから」

長野さんは、チームの意義をこう語る。

「一人だったら『今日はしんどいな』と妥協してしまう時も、仲間の目があるから頑張れる。それに、高野さんのAIを活用した効率化、山田さんが得意とするメルカリでの販売など、自分にない強みがすぐそばにある。この刺激こそが、最大のメリットです」

「この景色を、なくしたくない。」                   

井上さんは、さらに大きな視点で語る。 

「農業を守ることは、ただ食べものを作ることじゃない。土を守り、山を守り、水害を防ぐ。ひいては、この国の国土を守ることに直結しているんです。もっと広い視点で『農』を捉えてほしい」
「#今治を耕す人」としてスポットを当てた彼らの挑戦は、単なる職業選択の物語ではない。数十年後の今治に、あの美しいオレンジ色の斜面が残っているか、それとも荒れ果てた藪に変わっているか。その分岐点に、彼らは立っている。

「今ある景色をどう守り、どう続けていくか」

井上さんと仲間たちによる模索は、今日も今治の山あいで、淡々と、けれど着実に続いている。

 

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