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今治城の痕跡を探してまち歩きクエスト 「今治の文化や歴史を知って」

『興業舎』の第一工場跡の赤レンガの壁。触れているのは建物の内側だった部分。(今治市通町)

『興業舎』の第一工場跡の赤レンガの壁。触れているのは建物の内側だった部分。(今治市通町)

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 今治城下のスポットに隠されたステッカーを見つけながらNFT(非代替性トークン)を集めるまち歩きイベント「オールドイマバリ大手通クエスト」が2月1日から9日間にわたって行われ、2月2日のオリエンテーションイベントには30人ほどが参加した。今治城の歴史を巡りながら、まち歩きを楽しんだ。

今治・青鬼運送の馬小屋だった建物外観

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 主催はコード・フォー・イマバリ。当日は市内のバー「ROKUSAN」(今治市黄金町)のマスターで、旧中心市街地の歴史に詳しい小池公一さんがガイドを務めた。

 コースは、今治銀座商店街の辰之口周辺から今治城までの1キロほど。小池さんによると、「現在の今治城には内堀しかないが、かつては『三の堀』まであった。町割りや地形、地名などを見てみると、その手がかりとなるものが今治城周辺にはたくさん残っている」という。

 まず商店街に碑が残る一つ目のスポット「川岸端」に到着した一行。「金星川はかつて今治城の外堀だった。当時は30メートルも川幅があった」と小池さん。すぐそばの辰之口では「かつて武家屋敷と町人街の境界だった場所。江戸にも『辰口』という地名があり、それにあやかったのでは。江戸の辰口は東京電話交換局が設けられるなど、情報の発信の場だった。ここ『辰之口』も『今治電信発祥の地』の碑が残る」と解説する。

 その後、かつての名残を残す地名・通町を散策しながら、「綿織物業を営んでいた『興業舎』の第一工場の跡」だという「赤レンガの壁」に立ち寄った一行。明治時代から綿ネル製造を手がけ、四国屈指の規模で展開した同社。戦火で工場の大半は消失したが、一部の壁だけが現存する。参加者らは口々に「歴史を感じる」「こんな場所があったん知らんかった」などと感想を口にしていた。

 程なくして「青鬼運送」に到着。同社は1919(大正8)年創業で、今治港の開港前から馬車や馬で石炭などを運搬していた。この日は戦後すぐに建てられたという馬小屋の内部で、壁に書かれた当時の言葉などを観察しながら今に続く歴史を体感した。最後は今治城裏手の「美保義(みほぎ)橋」で解散となった。

 小池さんは「今治は面白い、いいところ。歴史を探す『遊び』を通じて、いろいろな人にそう伝えたい」と話す。同団体代表の森隆大朗さんは「イベント期間中、いろいろな人がオールド・イマバリを巡ってくれた。城下町として形成された旧市街地には歴史や文化が残るが、誰かが伝えなければ次の世代につながっていかない。これからもいろいろ企画したい」と意気込む。

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